2013年10月1日火曜日

『約束のホームラン』



これはアメリカのある田舎町に住む野球好きの少年と、メジャー屈指のスラッガーのお話です。

主人公の野球好きの少年は、小さな頃に事故で視力を失いました。

少年が10歳になった時、少年の両親は主治医から衝撃の事実を伝えられます。



「彼の目の見えなくなった理由は、事故で彼の脳が大きなダメージを負ったからです。彼の脳は今でも少しずつ失われています。このままではやがて、彼は命を落としてしまうでしょう」

「脳の手術を行うしかありません。運が良ければ、目もまた見えるようになるでしょう。ただ、大きな手術になるので当然大きなリスクも伴います」

両親は悩んだ末に手術を行うことを決意し、そのことを息子にも伝えますが、頭の中の手術ということで彼はなかなか「うん」と言うことができません。



少年は大の野球好きで、メジャーリーグでも5本の指に入るあるスラッガーと彼のチームの大ファンでした。



そこで両親は、そのメジャーリーガーが直接息子に会って説得をしてくれれば、手術を決断してくれるのではないかと考え、いろいろなルートでそのメジャーリーガーとコンタクトを取ろうと駆け回りました。

しかし世の中、そんなに甘くはありません。
いつまでたってもそのメジャーリーガーと少年の面会はかなわず、月日だけがどんどんと過ぎていきました。

そんな折、1本の電話が鳴りました。
電話の相手は、何とそのメジャーリーガーだったのです。



噂を聞いた彼のマネージャーが、盲目の少年の事をメジャーリーガーに話してくれたのです。
こうしてついに、少年とメジャーリーガーの面会が実現しました。



「君自身のためにも、君のことを心配してくれる両親のためにも、手術を受けてくれないか?」

「でも頭の中の手術だっていうし…正直怖いんだ」

「でも…」

「でも?」

「僕のためにホームランを打ってくれるなら…」

「何だって?」



「次の試合、あなたが僕のためにホームランを打ってくれるなら、手術を受ける。手術を受ける勇気が沸いてくると思うんだ」



少年の申し出にメジャーリーガーは一瞬戸惑いました。
もしもホームランを打てなかったら、少年は手術を受けてくれないかもしれません。
そうなれば、最悪の事態も想定されます。しかし。



「ああ!次の試合、君のためにホームランを打つよ。だから君も、僕がホームランを打ったら手術を受けるんだ」と、反射的に答えてしまいました。



この話はチームの広報担当者がマスコミにリークしていたために、すぐに全米のメディアに取り上げられることになりました。

テレビや新聞は、かつてベーブ・ルースが行った「予告ホームラン」になぞらえ、この話を大々的に報じました。



翌日の新聞には
「予告ホームラン、盲目の少年と約束」
という大きな見出しが載りました。



メジャーリーガーは後悔していました。
もし自分がホームランを打てなければ、少年は手術を受けてくれないかもしれません。
そうなれば、彼の命は危険にさらされます。

しかし、自分にできることはとにかくベストを尽くすことしかないと考え、当日の試合を迎えました。

当日の試合はメディアによる報道もあり、大変な注目の中で行われることになりました。
少年もラジオの実況中継が始まるのを待ちわびていました。





午後6時30分、試合が始まりました。



相手チームのエースは連戦連勝、その勢いのままに初回から真っ向勝負を挑んできました。
予告ホームランのことは知っていましたが、手を抜くことはプロとして失格だし、スラッガーである彼にも失礼だと考えていたのです。

7回終了時点で彼の成績は3打数1安打1三振。
ホームランはまだありません。

そして迎えた9回裏の最終打席。
2アウト2、3塁、1対3、2点差で負けている場面でした。



ここでホームランを打てば逆転サヨナラ、彼のチームの勝利です。
次のバッターは絶不調だったので、ここは彼を一塁に歩かせてもいい場面でした。

しかし、相手チームのエースはマウンドでストレートの握りを彼に見せました。
予告ホームランに対し、予告ストレート、この相手エースの予告投球に、スタジアムは騒然となりました。

相手エースとスラッガーの勝負は2-3のフルカウントまでもつれました。
相手エースは、最後の一球もストレートを予告しました。



最後にエースが投げた渾身のストレートを、彼はフルスイングしました。



「お願い打って!!」球場にいた人たちも、テレビで見ていた人たちも、ラジオで聞いていた少年も、皆が天に祈りました。



!!!






しかしボールはキャッチャーミットの中。
試合終了です。

その時でした。
実況をしていたラジオのアナウンサーが叫びました。




「やりました!打ちました!!大きな打球がスタジアムを超えて場外へ、月に届くかのような大きな大きなホームランです!!」




スタジアムの観客も拍手をして、2人の勝負を讃えました。観客は彼の名前を連呼し「ナイスホームラン!」と口々に叫び、いつのまにか球場全体が同じ言葉でつながっていました。

アナウンサーは少年の名前を呼んで言いました。
「聞こえるかい、すごい声援だろう? 彼は見事に君との約束を果たしたんだ!」

「今度は君自身が手術でホームランを打つんだよ。そして手術を成功させて、いつの日か君の目でホームランを見にスタジアムに来るんだ」と締めくくりました。



明くる日の新聞にこんな言葉がありました。
" 昨日の試合、彼の成績は4打数1安打2三振。ただそのうちの1三振は、見事なホームランだった"

誰もが目撃したのです。
心でしか見えないホームランを。
ラジオのアナウンサーはそのホームランを見事に実況したのです。

1年後、球場にはかつて盲目だった少年の姿がありました。
少年の瞳には、スラッガーの放つ豪快なホームランの軌跡がはっきりと映っていました。
幻のホームランは、時を超えて本物のホームランになったのです。


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